1977年結成。後のインディーズ・ブームに先駆けて1980年1stミニ・アルバム発表後、1984年徳間ジャパンからメジャー・デビューするまでインディーズ・チャートを独走。1986年レコード会社をビクターへ移籍後、2003年にスピード・スター・ミュージック、2004年にクラブ・ザ・スター・レコーズとレーベルを移しながら、2010年に新たにセルフ・マネージメント・オフィスとして"ノートレス"を設立。2012年移行はレーベルもノートレスに移して、年ごとのニュー・アルバム発表及び全国ツアーと絶え間ない展開を現在まで続けている。
4半世紀を超えて止まる事なく走り続ける、唯一無比の日本のパンク・ロック・バンド。

HIKAGE:BROKEN VOICE TORUxxx:UPPER STRINGS
HIROSHI:RIOT BASS MASA:RAGE BANG



★HISTORY
2010-2019
 2000-2009 1990-1999 1977-1989



2019
HIKAGE60歳を祝う2019年は、東名阪でのライブ"HIKAGE'S SIXTY"で幕開け。名阪は"PRE-BIRTHDAY"、東京2デイズは"POST-BIRTHDAY"と銘打ち、バンドの周年記念イベントとはまた違う趣で開催。祝いムードの中、スタークラブを含むHIKAGE全キャリアの中から選りすぐりのセットリストに加え、東京ではJ.A.P.の再結成、ソロアルバム「CANCER」の再演もあり、SA他のゲストバンド陣が華を添えた。そして3月、前年から続くマキシシングル展開で「PUBLIC EYE」をリリース、併せて"PUBLIC EYE TOUR"もスタート。そして、このツアーを最後にドラムのRYOが18年間のスタークラブ人生に別れを告げ、脱退する事を発表。5月に中国の太湖で行われたフェス"MIDI MUSIC FESTIVAL"と北京のライブハウスで2年振りとなる中国ライブを交えて、7月のツアーファイナルまで26ライブのツアーを展開した。9月、"PUNK LIVES 10TH ANNIVERSARY"に出演後もバンドは止まる事なく、同月下旬にはサポートドラムにセイイチロー(The STRUMMERS)を迎えてレコーディングした新作を発表、そのミニアルバム「CAMOUFLAGE」のリリースとともに秋ツアー13ライブと恒例の年末3ライブまで一気に完遂した。またツアー中の11月には予定より遅れたものの、2月のロフト2デイズと7月のツアーファイナルの映像を3枚組DVD「SIXTY」として発売した。

 





2018
周年明けの2月。時代と共に変化しながら続く"革ジャンデイ"をTHE RYDERSとの共同企画で、東名阪の3会場で開催。3月にはスタークラブとしては数少ない、6年振りのマキシシングル「FANATIC」を発表。前後して22本の春ツアー"FANATIC TOUR"を開催。8月、"PUNK LIVES FESTIVAL 2018"に出演。9月には前作に続いてマキシシングル「CHAOTIC ROMANCE」と7月のツアーファイナルライブを収めたDVD「GIGS 2018 FANATIC」を発表。併せて17本の秋ツアー"CHAOTIC ROMANCE TOUR"を展開。 ツアー中の11月には沖縄で"革ジャンデイ番外編"開催。12月はイヤーファイナルライブに加えて、"PUNK LIVES FESTIVAL 2018 in OSAKA"等に出演した。

 





2017
記念すべき40周年、2月。最初のGIGはLAUGHIN' NOSEとの"王道リターンズ 2017"。そして3月からは全国23会場で34本の40周年記念ツアーがスタート。4月には40周年記念アルバムとして「 FORTY #20C 反抗の系譜」「FORTY #21C 異端の美学」の2枚を同時リリース。これは収録曲の発表時期によって20世紀と21世紀に分けた、セルフカバーを含むセレクトアルバムとなっている。ツアー中の5月には、中国のフェス"STRAWBERRY MUSIC FESTIVAL"に出演。7月、ツアーファイナルに周年スペシャル2デイズライブを渋谷TSUTAYA O-WESTで開催。初日は日本を代表するパンクボーカリスト8名を迎えてライブ、2日目は歴代メンバー7名が入れ替わり参加するヒストリカルなライブ。2日間それぞれ趣向が異なる濃密な周年ライブを展開。さらに奈良美智氏がジャケット制作、参加パンクボーカリストたちが狂演した激レアシングルCD「あの娘にひとめぼれ」が来場者全員にプレゼントされた。 8月はイベント"NEVER MIND THE BOLLOCKS 2017"に出演。9月には7月の周年ライブを2枚のディスクに余す所なく収めたDVD「WE ARE THE STAR CLUB」を発表。前後して全国14会場の秋ツアー"PLUS MORE TOUR" がスタート。そして、12月恒例のイヤーファイナルは、東名阪3カ所、それぞれの会場に旧メンバーがゲスト参加するスペシャルなライブとなり、40周年を締め括った。

 

 



2016
2月、ニューロティカとの3年振りのVSツアー"R&R 88 RIDER TOUR"を東名阪3会場で行う。4月にはニューアルバム「BAD SIDER」を発表。同時に6月まで全国20会場を回るリリースツアーをスタート。8月はパンク誕生40周年で復活したイベント"PUNK LIVES! FESTIVAL 2016"に出演し、9月には全国15会場の秋ツアー"ANGEL BREAKER TOUR"がスタート。このツアーでは前年の"MAX TOUR"に引き続き、1990年から1993年に発表された楽曲を中心としたセットリストを披露。またツアー開始直後にはライブDVD「AND ROLL」も発表。同時発売を予定していた昨年からの続編となるセルフカバーアルバムは、HIKAGEの体調面の理由もあって発売中止。ツアー中、10月上旬にイベント"KAPPANK"に出演、その後、ツアーは10月下旬まで続き、年末恒例ライブで1年を終える。











2015
2月、THE RYDERSと"NEW YEAR 2015 VS TOUR"を東名阪で開催、前年行われたLAUGHIN' NOSEとのVSツアーを「THE APOCALYPSE PUNK ROCK JAPAN」のタイトルで映像作品化。4月にはニューアルバム「ANTI -LOVE」を発表し、全国19会場での新譜発売記念ツアーをスタートさせたが、HIKAGEの急性心筋梗塞による緊急入院により5公演が中止となる。その後、前代未聞ともいえるHIKAGE不在のままでのメンバー3人によるツアーを、故岩田氏(The STRUMMERS)他ゲストボーカルや共演バンドのサポートを受け、引き続き敢行。そしてわずか1カ月半後には驚異の回復力でHIKAGEが復活、ラストの3公演に再合流。合言葉は"不死身"。ファン、メンバー、スタッフの力が集結して、バンド史上最大の危機を乗り越えた。8月にはイベント"NEVER MIND THE BOLLOCKS"、9月からはHIKAGEの体調を心配する声の中、1984年から1986年に発表された楽曲で構成した"MAX TOUR"をスタート。9月下旬にはDVD「生還者」をリリース。さらに12月、秋ツアーの置き土産になる初期曲のセルフカバーアルバム「MAX BREAKER」を発表。HIKAGEが倒れるという、バンドにとって緊迫した1年だったにもかかわらず、 近年で最も多くの作品を送り出した年ともなった。 年末は恒例のイヤーファイナルライブを3会場で開催し、激動の年を乗り越えた。









2014
2月、SA、ゲンドウミサイルと各バンド2会場でVSツアーを行う。HIKAGEのバースデイライブともなった東京の開催日は、都内近郊の公共交通機関がほとんど麻痺するという45年振りの記録的な大雪に見舞われる。翌4月にはニューアルバム「WARNING BELL」を発表、それに先駆けて3月下旬からスタートした新譜発売記念ツアーを全国18会場で開催。9月には春ツアーを記録したニューDVD「WARNING BELL TOUR」を発表。この年の秋ツアーは全国10会場で、2011年以来3年振りとなるLAUGHIN' NOSEとのVSツアー"王道"を開催。

 







2013
2月、ニューロティカと7会場でVSツアーを行う。4月にはニューアルバム「SOCIAL JUNK」を発表。アルバム発表に先駆け、3月から新譜発売記念ツアーを19会場で開催。ツアー初日の新宿ロフトのGIGでは、新たに録音された21世紀のSCフリーク・アンセム「WE ARE PUNKS」のシングルCDを無料配布。その後、6月のツアーファイナルを経て、夏には川崎 CLUB CITTA’で開催された"PUNK LIVES"に出演。他複数のイベントに出演した後、 9月から再び15会場での全国ツアーを敢行。 また同9月、 6月のツアーファイナルを収録したDVD 「HERE WE GO」も発表。さらに年末には恒例となるイヤーファイナルライブを3会場で開催した。







2012
35周年を迎えた2012年、年明けからイベント"FULLTEN 12"を東名阪で開催。続けてCOBRAとのVSツアーを東名阪と博多で行う他、精力的にライブ展開。4月にはイベント"SPRING SCREAM 2012"に出演、初となる台湾ライブを決行。またマキシシングル「NOT END」を同月に発表。さらに翌月の5月には国内既発の「TYHOON NO.21」をベースに、以降発表された3枚のアルバムからのナンバーも加えた「TYPHOON NO.16」を台湾でリリースした。5月からは"BAND MEN"と題して国内13会場でツアーを行い、ツアーファイナルは7月の渋谷O-Westで35周年記念スペシャル2デイズを開催。初日はTHE STAR CLUB、THE RYDERS、The STRUMMERSに加えて、HIKAGE+1990年代初頭のメンバーであるA-KILLER&HIRO&TORUxxxが集ってSC1990というバンド名でフルライブ。またツアーファイナルともなる2日目ワンマンライブにはゲストメンバーにEDDIE、NO-FUN-PIG、LOU、TATSUYA、A-KILLER、HIRO、TORUxxxが参加、ラストはステージ上に歴代メンバー総勢11名という圧巻のライブとなった。同ツアー終了後、ニューギタリストとしてTORUxxxが復帰。そして8月からは折も折反日感情が高まる中、北京と上海で開催の"BEIJING PUNK FESTIVAL"に出演が決定、武漢と南京の2都市でもライブし、中国ツアーを敢行した。9月には先の渋谷O-WESTでのライブをメインにした2枚組DVD「BANDMEN」、11月にはこの年2枚目となるマキシシングル「CREATURES REBOOT」をリリース、併せて"PUNK ROCK STRIKES BACK"TOURなどを全国10会場で行った。

 







2011
2月、HIKAGE自身のプロデュースによる、撮り下ろしを中心にした写真に言葉を融合したフォトブック「孤高」をリリース。同時期にLAUGHIN' NOSEとの初のVSツアーを東名阪に加え、福岡の4会場で開催。翌3月、レコーディング時期に東北大震災が発生してロフトのイベントライブが中止になったものの、43作品目のアルバム「energize」は予定通り4月に発表。2010年に行った"SHIT TOUR"から全36曲を映像化したDVDも同CDとセットパックで限定発売した。それに併せて5、6月とアルバム発売ツアーを行った。7月には"地下室のフレンジー"と題し、これもまた初となるSAとのVSツアーを東名阪で決行、来場者には相手のナンバーをそれぞれカバーしたシングルCDも配布した。9月からはパンクロック生誕35周年を祝い、パンクカバーを中心とした”GOD SAVE THE PUNK ROCK TOUR"を全国で開催。ツアー終了と共にギターリストのMITOMEが脱退、年内の残りライブを新メンバーにBANCHOを迎えて敢行した。



 





2010
1月、イベント"PUNK ROCK JAPAN"で始動。3月、前年から始まったイベント"LOFT IS TIMES VOL.2"に出演、さらににセルフイベント"FULLTEN 10"を東名で開催。4月、42作品目のアルバム「AREA FREE」を発表。同CDと限定パックで2009年に行った"HELLO NEW GENERATION TOUR"のファイナルライブを映像化したDVDも発売。その発売に併せて"AREA FREE TOUR"を7月にかけて全国で開催する。9月からは2009年秋の"OLD NUMBER TOUR"よりもさらにレア曲をプラスして、全曲オールドナンバーで固めた"SHIT TOUR"を全国で敢行。また11月には伝説のイベント"傷だらけの天使達"が開催20周年を記念して名古屋で1日限り復活した。12月には毎年恒例となっているイヤーファイナルライブを東名阪にて開催。







2000-2009 1990-1999 1977-1989